訪問リハビリで1000件以上の家庭を訪問してきて、気づいたことがあります。
介護が始まったとき、家族がバラバラになってしまう家と、逆に絆が深まる家がある。その違いは、親の能力でも子どもの性格でもありません。「事前に準備していたかどうか」、ただそれだけです。
今日はその2つの家族の話をします。
「準備していない家族」のリアルな場面
Aさん(78歳・男性)のお宅に初めてうかがったのは、脳梗塞で退院した翌日のことでした。
ご本人は右半身に麻痺が残り、これから自宅での生活を立て直していく段階。ところが、リハビリよりも家の中がザワザワしていることの方が気になりました。
「お金のことは親父に聞いてもわからないって言うし……」と、50代の息子さんがため息をついていました。「通帳がどこにあるかもわからない。デイサービスを増やしたくても、親にどれだけ蓄えがあるのか見えないから、どこまでお金をかけていいのか判断できなくて」
お父さんは現役時代から「お金の話は家族にしない」という方針で、預金額も保険の内容も、誰にも話していませんでした。意地悪というわけではなく、「家族に心配をかけたくない」「自分で管理できている」という思いからのことです。
でも退院後、急に「全部息子に任せる」となっても、息子さんには何もわからない。介護費用の算段がつかないから、ヘルパーを頼むか躊躇する。デイサービスの回数を増やすべきか決められない。
その数年後、Aさんは亡くなりました。ご焼香にうかがった際にご家族から聞いたのですが、お父さんが生前、お金や資産のことを家族にいっさい話していなかったので、今どこに何があるのか把握できず、とても困っているとのことでした。相続税の申告期限(亡くなってから10か月以内)があるのに、何から手をつければいいのか分からない——そんな状態で、ご家族は途方に暮れていました。
正直に言うと、私自身は宅地建物取引士やFP(ファイナンシャルプランナー)の知識もあるので、こうした場面で「こう動くといいですよ」とお金や不動産のアドバイスをすることもできます。でも、私はあくまで訪問リハビリのPTとして、リハビリのためにうかがっている立場。目の前でご家族が困っているのに、専門外の話に深く踏み込むわけにもいかず、もどかしい思いをしたことが何度もありました。
このブログを始めたのも、そうやって現場で飲み込んできた「本当は伝えたかったこと」を、必要としている方に届けたいと思ったからです。
「準備している家族」のリアルな場面
Bさん(81歳・女性)のお宅は、正反対でした。
認知症の初期診断が出た時点で、娘さんがすでに動いていました。「先日、税理士さんと3人で話してきました」と、落ち着いた顔で教えてくれました。
Bさん本人が判断能力をもっているうちに、「どのお金を何に使っていいか」「不動産はどうするか」を家族みんなで確認済み。通帳の場所、保険の種類、不動産の登記情報も娘さんが把握していました。
「介護費用は月いくらまで使っていい、とお母さんが決めてくれたので、ヘルパーさんやデイも迷わず使えています」
娘さんがそう話してくれたとき、Bさんも隣でうなずいていました。「私も娘に全部伝えられてスッキリした」と。
介護の場でも関係がやわらかい。「ありがとう」「助かった」という言葉が自然に出てくる家族でした。
なぜ親は資産を教えたがらないのか
準備していない家族を「無責任」と責める気にはなれません。親の世代(70〜80代)には、「お金の話は外でするものではない」という文化が根付いています。
プライドもあります。「まだ自分で管理できる」「子どもに頼る年じゃない」という気持ちは、自立心の表れです。
それに「教えたら財産をねらわれる」「兄弟で揉めるきっかけになる」という不安を抱えている親御さんも少なくありません。悪意ではなく、心配しているからこそ話せない、というケースがほとんどです。
だからこそ、子どもの側から「責める」ではなく「一緒に考えよう」という入り口が必要です。
PTが考える「準備」の始め方
① エンディングノートを入り口にする
「相続の話をしよう」と切り出すと、親世代はギョッとすることがあります。「死ぬ話なんてするな」と怒る方も。
そこで使えるのがエンディングノートです。「自分の気持ちや希望を書き留めておくノート」として、書店や100円均一でも手に入ります。「将来のために一緒に書いてみない?」という切り口の方が、親の構えがゆるみやすいです。
記入項目には「預金の場所」「保険の内容」「医療・介護の希望」などが含まれていて、自然に資産情報を整理するきっかけになります。
② 税理士への相談は「認知症の前」が鉄則
相続対策(たとえば生前贈与や家族信託など)は、親が判断能力をもっているうちにしか動けません。認知症が進んでからでは、法律上、本人の同意を得ることが難しくなります。
「まだ早い」と感じている方ほど、今が動き時です。税理士への初回相談は無料の事務所も多く、「うちの場合は何から考えればいいですか?」という雑談レベルでOKです。
→ 相続に強い税理士を探すなら、税理士ドットコムで地域・専門分野を絞って探せます。
③ 介護保険・住宅改修の仕組みを事前に知っておく
介護が始まってから「介護保険って何?」と調べ始めると、手続きだけで数週間かかることもあります。
介護保険は、40歳から加入している保険で、65歳以降(または40〜64歳でも特定の病気があれば)に介護サービスを1〜3割の自己負担で使える仕組みです。要介護認定を受けるまでに1か月程度かかるので、親が元気なうちから市区町村の窓口や地域包括支援センターに「将来の相談」として問い合わせておくと安心です。
住宅改修(手すりの設置・段差解消など)も、介護保険で最大18万円の補助が受けられます。「まだ必要ないけれど、転倒予防として早めに」という使い方も可能です。
まとめ:介護は突然来る。でも準備は今日からできる
訪問リハビリで出会ってきた家族を振り返ると、準備していた家族は「介護がつらいけれど、家族でなんとかできている」という言葉が多かったです。準備していなかった家族は、介護の大変さに加えて「お金のこと」「家族の関係」まで消耗してしまうことが多かった。
どちらの家族も、親のことを大切に思う気持ちは同じです。違うのは、準備したかどうかだけ。
「親にお金の話を聞くのは気が引ける」という気持ちはよくわかります。でも、「一緒に考えたい」「サポートしたい」という気持ちを伝えながら、少しずつ始めてみてください。
エンディングノートを一冊買ってみる、税理士に相談だけしてみる、それだけでいい。小さな一歩が、いざというときの家族の支えになります。
著者プロフィール けいすけ / 理学療法士(訪問リハビリ歴10年以上)× 宅地建物取引士 × 賃貸不動産経営管理士 × 大家歴10年以上。医療と不動産、両方の現場から「親の家、どうする?」を考えます。
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