実家の親が転びそうで心配。でも本格的なリフォームは費用が読めない——そんな方が見落としがちなのが、介護保険の住宅改修費20万円の制度です。
要支援・要介護の認定があれば、住宅改修費20万円のうち最大18万円が介護保険から戻ってきます。それなのに、「ケアマネさんに勧められた業者にそのまま頼んだら、結局使われない手すりがついた」「事前申請を忘れて支給対象外になった」というケースを、訪問リハの現場で何度も見てきました。
この記事では、訪問リハで10年以上ご家庭に上がってきた理学療法士、かつ宅地建物取引士・11期目の大家という立場から、**「制度の使い方」と「現場で本当に効く工事の選び方」**を整理します。
1. 介護保険の住宅改修費とは
1-1. 上限20万円・最大18万円が戻る仕組み
介護保険の住宅改修費は、要支援・要介護認定を受けた方が自宅の改修工事を行うとき、最大20万円分を介護保険から給付してもらえる制度です。
自己負担割合は所得に応じて1〜3割。1割負担なら、20万円の工事に対して自己負担は2万円、保険から18万円が戻る計算です。
| 自己負担割合 | 利用者負担 | 給付額(保険から戻る) |
|---|---|---|
| 1割 | 2万円 | 18万円 |
| 2割 | 4万円 | 16万円 |
| 3割 | 6万円 | 14万円 |
注意点として、20万円を超えた分は全額自己負担になります。30万円の工事をしても、戻ってくるのは最大18万円まで、ということです。
1-2. 対象になる人(要支援1〜要介護5)
要支援1・2、または要介護1〜5の認定を受けている方が対象です。まだ介護認定を受けていない場合は、まず認定申請から。お住まいの市区町村の高齢福祉課・介護保険課が窓口です。
1-3. 「一生に1回」だけではないという話
「住宅改修費は一生に1回しか使えない」と聞いたことがあるかもしれませんが、正確には「支給限度基準額20万円までを、複数回に分けて使える」が正しい理解です。
たとえば、最初に手すりで10万円使ったあと、別のタイミングで段差解消に10万円使う——これはOK。20万円の枠を複数回に分けて使えます。
加えて、以下の場合は20万円の枠が再支給されます。
- 引っ越しで住宅を変えたとき
- 介護度が3段階以上重くなったとき(例:要介護1 → 要介護4)
2. 対象になる工事・ならない工事
2-1. 介護保険の対象6項目
介護保険で給付対象になる工事は、以下の6項目に限定されています。
- 手すりの取り付け(廊下・階段・浴室・トイレ・玄関など)
- 段差の解消(敷居の撤去、スロープ設置、浴室の床上げ等)
- 滑り止め床材への変更(畳 → フローリング、滑りやすい床 → ノンスリップ等)
- 引き戸等への扉の取替え(開き戸 → 引き戸、ドアノブ → レバーハンドル等)
- 洋式便器等への取替え(和式 → 洋式、便座の高さ調整等)
- 上記に付帯して必要な工事(手すりの下地補強、扉取替えに伴う壁補修等)
2-2. よくある「対象外」の落とし穴
ここが現場でよく勘違いされる部分です。
- 据え置き型の手すりは対象外(取り付け工事を伴わないため)→ 福祉用具レンタル制度で別途利用可
- 段差解消の踏み台だけ購入→ 対象外(同上)
- 手すり付き浴槽への交換→ 浴槽自体の交換は対象外
- 新築・増築時のバリアフリー工事→ 対象外(既存住宅の改修のみ)
2-3. 「付けたけど使われない手すり」が現場では多い
私自身、訪問リハの現場で「せっかく介護保険で取り付けた手すりが、ほとんど使われていない」というケースを何度も見てきました。
特に多いのが浴室です。あるお宅では、浴室の縦手すりが浴槽の縁から少し離れた壁に取り付けられていました。一見すると「立ち上がるときに使えそう」な配置なのですが、実際に浴槽を跨ぐ動作の軌道とズレていて、利用者さんはいつも浴槽の縁を直接掴んで跨いでいました。
「手すりが付いている」ことと「使われている」ことは別物。動作の軌道に合っているかが決定的に重要です。
3. 申請の流れ:事前申請が命
3-1. 5つのステップ
- ケアマネージャー(または地域包括支援センター)に相談
- 施工業者の選定・見積もり取得(複数社推奨、後述)
- 事前申請(市区町村に「住宅改修が必要な理由書」と見積書を提出)
- 工事実施
- 事後申請(領収書・工事写真を提出 → 給付金が振り込まれる)
支払いはいったん全額立て替えが原則(償還払い)。市区町村によっては「受領委任払い」制度があり、自己負担分のみ業者に支払えばよい場合もあります。
3-2. 事前申請を飛ばすと支給ゼロ
これが最大の落とし穴です。事前申請なしで先に工事を始めてしまうと、たとえ対象工事であっても1円も支給されません。
「ケアマネさんに口頭で伝えたから大丈夫」ではなく、書類が市区町村に受理されてから工事を始める——ここを必ず押さえてください。
3-3. 賃貸住宅・マンションでの注意点
宅建士・大家としての知識として、補足しておきます。
賃貸住宅にお住まいの親御さんでも、借主本人が要支援・要介護認定を持っていれば、介護保険の住宅改修費は使えます。ただし、申請時に貸主(大家)の同意書が必要です。
注意したいのが、退去時の原状回復義務との関係。手すりの取り付けや段差解消などの工事は、原則として原状回復の対象になり、退去時に元に戻す費用は借主負担になることが一般的です。
トラブルを避けるために、工事前に貸主と「退去時の取り扱い(手すりは残す/撤去する/費用負担はどちらか)」について書面で合意しておくのがおすすめです。
親御さんがマンションにお住まいの場合は、玄関ドアや共用廊下など共用部分は管理組合の許可も必要になります。専有部分でも、配管位置を変える工事などは管理規約で制限されているケースがあるため、事前確認が必要です。
4. 業者選びと見積もりの取り方
4-1. ケアマネ提携業者「だけ」で決めない
ケアマネさんが紹介する業者は、申請書類のやり取りに慣れていてスムーズです。ただし、金額が市場相場より高めになりがちな傾向があるとも言われます。
理由はシンプルで、ケアマネ → ケアマネ提携業者の流れに乗ると、相見積もりを取る発想が出にくいから。別の業者にも見積もりを取り、比較してから決める——これだけで数万円単位で差が出ることがあります。
4-2. 相見積もりの取り方
最低でも2〜3社から見積もりを取るのが原則です。
- ケアマネ紹介の業者
- 地元の工務店(家を建てた業者があればそこ)
- 介護リフォーム専門業者(一括見積もりサービス経由)
4-3. 大家11期目の経験:見積もりが2倍以上違うのは普通
宅建士・大家として複数物件のリフォーム見積もりを取ってきた経験から言うと、業者によって金額が2〜3倍違うのは珍しくありません。
例えば、私が管理する物件で窓の修理見積もりを取ったとき、地元の工務店が約50万円だったのに対し、大手リフォーム会社の見積もりは約130万円。同じ工事内容で2.6倍の差がありました。
大手が高い理由はシンプルで、営業マン・本部経費・下請け構造などの間接コストが価格に乗るためです。一方、地元工務店は職人さんが直接来るため、中間マージンが乗りません。技術的にどちらが優れているという話ではなく、「価格構造の違い」です。
介護リフォームでも同じ構造があります。ケアマネさんが提携している業者は、申請書類のやり取りに慣れていてスムーズですが、価格は地元工務店より高めに出る傾向があるのが現実です。
相見積もりで見るべきは、単純な総額だけでなく:
- 内訳の透明性(材料費・工賃・諸経費が分かれているか)
- 工程の説明の丁寧さ(なぜこの工事が必要かの根拠)
- 材料グレードの提示(どのメーカー・どのランクか)
この3つが揃っている業者が、価格にかかわらず信頼できる業者です。
複数社の見積もりを取るのは手間ですが、一括見積もりサービスを使えば1回の入力で複数業者から提案が届きます。
5. PT × 宅建士視点:押さえるべき4ポイント
5-1. 「今困っている動作」から逆算する
工事の優先順位は、今いちばん困っている動作から決めます。「とりあえず手すり全部」ではなく、「立ち上がりが辛い」なら浴室・トイレ、「歩行が不安」なら廊下・階段、と動作軸で考える。
ご家族や本人が気づきにくい場合は、ケアマネ・PT・OTに動作評価を依頼できます(ケアマネ経由でリハビリ職に相談可)。
5-2. 5年後の身体機能を見据える
今の状態だけで設計すると、数年後に「やり直し」になることが多いです。
- 今は伝い歩きできても、5年後は車椅子の可能性 → 段差解消は早めに
- 今は和式トイレでも問題ないが、膝の変形性関節症が進んでいる → 洋式化を早めに検討
PT視点での「5年後シナリオ」を、ケアマネ・かかりつけ医と共有してから設計するのが理想です。
5-3. もう一つの視点:「使う期間」を冷静に見積もる
訪問リハの現場では、こんなケースもありました。
末期がんで自宅療養を希望されたある利用者さんのために、ご家族が急いで住宅改修を進めました。手すりの設置、段差の解消、浴室の改修——できる工事はすべて行いました。
しかし、改修工事が完了して間もなく、その方は亡くなられました。新しくついた手すりは、ほとんど使われませんでした。
これは決してご家族が間違っていたわけではありません。親のために少しでも快適な環境をという気持ちは、何よりも尊いものです。
ただ、PT・大家として両方の現場を見てきた立場から、冷静にお伝えしておきたいことがあります。
「介護リフォームは、本当に必要なものから順に、段階的に進める」——これが結果として、ご家族の後悔を減らすことにつながる場合が多いです。
たとえば:
- 今すぐ困っている動作 → 最優先で改修(手すり等)
- 数年後に必要になりそう → 段階的に検討
- 本人の状態が不安定 → 介護用品レンタルでまず凌ぐ選択肢も
特に身体状況が急に変わる可能性がある場合は、工事ベースの改修よりも、福祉用具レンタル(ポータブルトイレ、据え置き手すり、レンタル昇降機など)を組み合わせる方が、結果的に費用対効果が高いケースもあります。
ケアマネージャー・かかりつけ医に「現状の見通し」を率直に聞き、その上で工事の規模を決める——この一手間が、ご家族の納得度を大きく変えます。
5-4. 「売却・賃貸の可能性」も同時に検討
宅建士・大家視点で見ると、過剰な介護リフォームは将来の売却・賃貸価値を下げることがあります。
たとえば浴室を完全バリアフリー化すると、若い世代向け賃貸では「使いにくい」と敬遠されることも。介護保険の20万円枠で**「最低限必要な工事」に留める**判断もありです。
親の家を将来どうするか(住み続けるか、売却か、賃貸か)の方針が定まっていない場合は、先に判断軸を整理してから工事を決めるのが順序として正しいです。
→ 親の家、リフォーム・売却・賃貸どれが正解?PT × 宅建士が判断軸を解説
まとめ:制度を「正しく・賢く」使うための4つのポイント
- 要支援・要介護認定を受け、ケアマネに相談してから動く
- 事前申請を飛ばさない(申請なしで工事 = 支給ゼロ)
- 複数業者から相見積もりを取る(数万円単位で差が出ることも)
- 5年後の身体機能と、家の将来用途まで見据えて設計する
介護保険の住宅改修費は、知っているかどうかで自己負担が大きく変わる制度です。親の家でリフォームを検討するなら、まずこの制度を一通り押さえてから動いてください。
なお、医療・法律・税務に関わる個別の判断は、必ずケアマネージャー・かかりつけ医・税理士・弁護士など各分野の専門家にご相談ください。本記事は一般的な情報提供を目的としたものです。
実家の売却・賃貸も含めた将来用途を整理したい方は、まず不動産価値を知るところから。次回の記事で、不動産一括査定サービスの比較を予定しています。
この記事を書いた人 けいすけ。理学療法士(病院・在宅で10年以上)、宅地建物取引士、賃貸不動産経営管理士。家族法人で複数物件を管理する現役大家(11期目)。賃貸住宅メンテナンス主任者・FP3級・簿記3級も保有。3児のパパ。「医療×不動産×子育て」のリアルを発信中。