「退院が決まったので、家中に手すりをつけました」
訪問リハビリで初めて伺ったとき、そう話してくれる家族がいます。廊下、トイレ、浴室、玄関——あちこちにピカピカの手すりが並んでいる。
でも、よく見ると使われていない手すりがいくつもある。位置が少し高い。握りにくい形だった。そもそも、その場所では壁に手を当てる方が自然だった。
「全部つければ安心」という気持ちはよくわかります。でも、それが必ずしも正解ではない——そのことを、今日はお伝えしたいと思います。
この記事の結論
手すり設置の3つの誤解について、結論から先にお伝えします。
- 「多いほど安全」は間違い:手すりが多すぎると混乱を招いたり、車椅子の通行を妨げたりします。必要な場所に必要な形でつけてください。
- 「退院直後の状態に合わせる」は危険:身体機能は退院後に大きく変わります。様子を見ながら少しずつ追加する方法が基本です。
- 「手すりが筋力を落とす」は誤り:適切な手すりは活動量を増やし、筋力維持につながります。
- 最初に確保すべきは手すりより「スペース」:廊下の幅・介護ベッドの置き場・浴室の広さは壁を壊さないと変えられません。リフォームするなら先にスペースを確保してください。
以下で、各ポイントを詳しく解説します。
誤解①「手すりは多いほど安全」
手すりを大量につけることで、かえって問題が起きるケースがあります。
一つは「どれを使えばいいかわからない」状態になること。特に認知機能が低下している方の場合、手すりが多すぎると混乱につながることがあります。
もう一つは、使わない手すりが「邪魔」になることです。廊下に手すりをつけたことで、車椅子が通れなくなった——という話は現場でも聞きます。手すりの設置は、スペースの確認も含めて慎重に検討する必要があります。
正解は「必要な場所に、必要な形で」です。
必要な場所は、実際に生活してみないとわかりません。退院直後に全部つけようとせず、まず生活してみて「ここに欲しい」と感じた場所から順番につけていく方が、結果的に無駄がありません。
誤解②「退院直後の状態に合わせてつければいい」
退院直後の身体状態は、その後大きく変わることがあります。
リハビリが進んで回復するケースもあれば、逆に進行するケースもある。退院直後に合わせてつけた手すりが、半年後には「位置が合わない」「もう必要ない場所だった」ということが起きます。
特に脳卒中の後遺症がある方の場合、退院から3〜6ヶ月は身体機能が変わりやすい時期です。この時期に高額なリフォームをすると、状態が落ち着いた頃には「やり直したい」となるケースがあります。
「様子を見ながら少しずつ追加していく」が、手すり設置の基本です。
誤解③「手すりをつければ筋力が落ちる」
「手すりがあると頼りすぎてしまう」と心配する方もいます。
半分は正しく、半分は誤りです。
手すりがあることで「怖い」という気持ちが和らぎ、むしろ積極的に動けるようになるケースが多いです。転倒を恐れて動かなくなる方が、筋力低下につながります。
適切な場所に適切な手すりがあれば、安全に動けるようになる。安全に動けるから活動量が増える。活動量が増えるから筋力が維持できる——この流れが理想です。
逆に「手すりがないから頑張って歩く」という考え方は、転倒リスクを上げるだけで、筋力維持にはあまり効果がありません。
では、最初に何を準備すればいいのか
手すりは後からつけられます。でも、後から変えられないものがあります。
「スペース」です。
車椅子が通れる廊下の幅(最低85cm)、介護ベッドを置ける部屋の広さ、介助者が一緒に入れる浴室の面積——これらは壁を壊す大工事なしには変えられません。
新築やリフォームを考えているなら、まず「スペースの確保」を優先してください。手すりはその後、必要になったときに追加すればいい。
賃貸に住んでいる場合も、「穴を開けないタイプの手すり」や大家さんへの交渉で対応できることがあります。
手すりを後からつけるための「下地」という考え方
新築やリフォームの段階で、壁の中に手すりを固定できる下地(合板など)を入れておく方法があります。見た目は普通の壁のままですが、必要になったときに、その壁のどこにでも手すりをつけられます。
後から手すりをつける工事が簡単になり、費用も安く抑えられます。最初にかかるコストは数万円程度。この「先行投資」が、将来の大きな節約になります。
また、介護保険の住宅改修制度を使えば、手すりの設置費用は上限20万円まで1〜3割の自己負担で行えます。要支援・要介護の認定を受けていれば利用できる制度なので、焦って自費でリフォームする前に確認してください。
まとめ
手すりについての3つの誤解を整理します。
- 「多いほど安全」ではない → 必要な場所だけ、必要な形で
- 「退院直後の状態に合わせる」は危険 → 様子を見ながら少しずつ追加
- 「手すりがあると筋力が落ちる」は誤り → 適切な手すりは活動量を増やす
そして、最初に確保すべきは手すりではなく「スペース」です。
老後の住まいを整えることは、難しくありません。でも、順番を間違えると時間もお金も無駄になります。「何を先に、何を後に」——この順番を知っておくだけで、準備の質がまったく変わります。
著者プロフィール けいすけ / 理学療法士(訪問リハビリ歴10年以上)× 宅地建物取引士 × 賃貸不動産経営管理士 × 大家。医療と不動産、両方の現場から「親の家、どうする?」を考えます。
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