「うちの廊下、車椅子は通れますか?」
退院前のご家族から、よく聞かれます。
そこで家族の方がメジャーを持ってきて、「91cmありました」と教えてくださることがあります。
——実は、その91cmは、通れる幅ではありません。
今日は、この「91cm」という数字のからくりと、車椅子が本当に通れる幅の話をします。廊下を広げる工事をしなくても、できることはあります。
この記事の結論
- 日本の住宅の廊下は「91cm」が基準。ただしこれは壁の真ん中から真ん中までの距離
- 壁の厚みを引くと、実際に通れるのは78〜81cm(一般的な木造なら約78cm)
- 車椅子が直進するのに必要なのが78cm。つまり余裕はほぼゼロで「まっすぐなら、かろうじて行ける」
- でも直角に曲がるには85〜90cm必要。だから「曲がれない」
- その場でくるっと回るには直径150cm。日本の廊下ではまず無理
- 対策は「広げる」だけではありません。車椅子を変える・戸を変える・動線を変えるで解決することも多いです
1. 「うちは91cm」は、通れる幅ではありません
日本の家の廊下は、ほとんどが同じ幅です。理由は、家を作るときの基準になっている単位にあります。
日本では昔から 尺貫法(しゃっかんほう) という単位が使われてきました。いまはメートルが基本ですが、建材(家を作る材料)は今も昔の単位のまま作られています。
その基準が 3尺=約91cm。畳の横幅がちょうど91cmなのも、これが理由です。
そして廊下の幅も、この91cmで作られています。
ただし「壁の真ん中から、真ん中まで」
ここが落とし穴です。
設計図に書かれている91cmは、壁の中心線から、向かい側の壁の中心線までの距離です。建築の世界では「壁芯(かべしん)」と言います。
でも実際に人が通るのは、壁と壁の内側です。壁には厚みがありますから、その分を引かなければいけません。
では、いくら引けばいいのか。これは壁の作りによって変わります。
① 壁が薄めの場合(片側5cmずつ・合わせて10cm)
91cm − 10cm = 約81cm
② 一般的な木造住宅の場合
柱の太さが10.5cm、その両面に石膏ボードが1.25cmずつ貼られます。合わせて13cmです。
91cm − 13cm = 約78cm
つまり、お宅の廊下の実際の幅は——78cmから81cmのどこかです。
設計図の91cmとは、10〜13cmも違います。
だから、測る場所を間違えないでください
ご家族が測ってくださった「91cm」は、多くの場合、設計図やハウスメーカーの資料に書いてある数字です。
実際に測ってほしいのは、壁の内側から内側までです。この数字を「有効幅(ゆうこうはば)」と言います。廊下にメジャーを当てて、壁から壁までをそのまま測った数字が、それです。
2. 直進はギリギリ通れる。曲がれないだけ
では、車椅子には何cm必要なのか。
目安として広く使われている数字があります(老年病院のリハビリコラムなどで解説されています)。
| 動き | 必要な廊下の幅 |
|---|---|
| まっすぐ進む | 78cm以上 |
| 直角に曲がる | 85〜90cm |
| その場で回転する | 直径150cm |
さきほどの「実際の廊下幅=78〜81cm」と並べてみてください。
- 直進(78cm必要)→ 廊下は78〜81cm。下限とほぼ同じ
- 直角に曲がる(85〜90cm必要)→ どう転んでも足りない
- その場で回転(直径150cm必要)→ 話にならない
つまり日本の家は、車椅子がまっすぐ進むぶんには、かろうじて設計されている。でも曲がることは想定されていないのです。
「余っている」のではなく「ぴったり」です
ここは誤解されやすいので、はっきり書きます。
78cmという数字は、「快適に通れる幅」ではありません。「これを下回ると通れない」という下限です。
そして一般的な木造住宅の廊下は、計算するとちょうど78cm。必要な下限と、実際の幅が同じです。余白はありません。
壁が薄めの家で81cmあったとしても、差は3cm。左右に分けると片側1.5cm——指1本ぶんです。
しかも、この数cmはあとから簡単に消えます。
- 手すりを付ける → 3〜5cm減る(これだけで78cmを切ります)
- 幅木の出っ張り → 1〜2cm減る
- 廊下に掃除機や洗濯かごが置いてある → さらに減る
「うちは通れるから大丈夫」と思っていたお宅で、手すりを付けた途端に通れなくなった——これは実際に起きています。
だから、図面の数字ではなく、いま現物にメジャーを当ててください。 話はそこからです。
「85cm必要」という数字を見たことがある方へ
以前の記事「手すりをつける前に確認したい5つのこと」で、「車椅子が通れる廊下の幅は最低85cm」と書きました。
この85cmは「曲がる場合」の目安です。まっすぐ進むだけなら78cmで足ります。
「85cmないとダメなんだ」とあきらめてしまった方がいたら、まだ結論を出さないでください。 どこを曲がる必要があるかによって、話が変わります。
3. 現場でよく起きるのは「行けるけど、帰れない」
数字だけだとピンと来ないと思うので、実際に起きることをお話しします。
車椅子で廊下をまっすぐ進んで、突き当たりの部屋に入る。ここまではできます。
問題はその先です。部屋の中で向きを変えられない。
その場で回るには直径150cmのスペースが必要ですが、家具が置いてある部屋では、まず取れません。
結果どうなるかというと——後ろ向きのまま、廊下を戻ってくることになります。
これは想像以上に大変です。後ろは見えません。ご本人が自分で漕いでいる場合はなおさらで、壁に何度もぶつけます。介助する方も、腰をひねりながら押し戻すことになります。
「通れるかどうか」だけを確認して安心してしまうと、この「帰り」が抜け落ちます。
4. 測るときは「一番狭いところ」を測ってください
訪問リハビリの現場で、私がメジャーを当てるとき気をつけていることをお伝えします。
① 幅木(はばき)を忘れない
床と壁の境目に、細い板が付いています。これを 幅木 と言います。これが1〜2cm出っ張っています。
車椅子の車輪はこの高さを通るので、幅木の外側から測った幅が本当の数字です。壁の上のほうで測ると、数cm多く出てしまいます。
② 開いたドアの分を引く
廊下に面したドアが手前に開くタイプ(開き戸)だと、開けている間はその分だけ廊下が狭くなります。
トイレのドアが廊下側に開く家は多いです。「廊下は通れるのに、トイレの前で詰まる」——これが起きます。
③ 手すりを付けると、幅は減ります
これが一番見落とされます。
廊下に手すりを付けると、その厚みの分(3〜5cmほど)、通れる幅が減ります。 両側に付ければ倍です。
81cmの廊下に片側手すりを付ければ、残りは約77cm。直進の78cmすら切ります。 もともと78cmの廊下なら、なおさらです。
「手すりを付けたら車椅子が通れなくなった」という話は、実際にあります。手すりと車椅子は、同時に考えないといけません。
④ 置いてあるものを、その日だけどけない
家屋調査の日だけ、廊下の荷物をきれいに片づけてくださるお宅があります。お気持ちはとてもありがたいのですが、普段の状態で測らないと意味がありません。
日常的に掃除機や洗濯かごが置いてあるなら、その状態が本当の幅です。正直に見せていただくほうが、いい判断ができます。
5. 廊下を広げなくても、できることがあります
「うちは無理だ」と結論を出す前に、こちらを検討してみてください。壁を壊す工事より、はるかに安く済むことが多いです。
① 車椅子そのものを変える
一番効くのがこれです。
車椅子には、ご本人が自分で車輪を漕ぐ 自走用 と、介助する人が押す 介助用 があります。
介助用は自走用より幅が狭いものが多いです。自分で漕ぐための大きな車輪がない分、細く作れるからです。
家の中は介助用、外出時は自走用、と使い分けている方は珍しくありません。 福祉用具のレンタルなら、試してから決められます。
② 曲がり角の「角」をなくす
直角に曲がれないのは、角があるからです。
曲がり角の壁の一部だけを斜めに削る、あるいは角に接している収納の扉を外す。それだけで曲がれるようになることがあります。
廊下全体を広げる必要はありません。 詰まっているのは、たいてい一か所です。
③ 開き戸を引き戸にする
手前に開くドアを、横にスライドする 引き戸 に替えると、ドアの分の幅を取り戻せます。
引き戸への変更は、介護保険の住宅改修(20万円の枠)の対象です。「扉の取替え」として認められています。詳しくは「住宅改修の20万円は分けて使えます」もあわせてどうぞ。
④ そもそも、その廊下を通らない動線にする
これはPTらしい考え方かもしれません。
寝る場所を変えるという選択肢です。
奥の寝室まで車椅子で行くのが難しいなら、玄関に近い部屋にベッドを移す。それだけで、曲がる必要のある廊下を通らずに済むことがあります。
「長年使ってきた部屋を変える」のはご本人にとって大きな決断ですが、工事より早く、お金もかかりません。 選択肢として一度、テーブルに乗せてみてください。
6. 測るのは、退院前の家屋調査の日がベストです
ここまでの話は、退院前の家屋調査で実際にやっていることでもあります。
PTがメジャーを持って家の中を測っているのは、まさにこの「本当に通れる幅」を確認するためです。何を見ているかは「退院前の家屋調査で、PTは家のどこを見ているのか」にまとめました。
その日にご家族が同席してくださると、その場で「ここは通れません」「ここは戸を替えれば行けます」とお伝えできます。あとから電話で説明するより、はるかに早いです。
まとめ
- 「うちの廊下は91cm」は壁の真ん中から真ん中まで。実際に通れるのは78〜81cm(一般的な木造なら約78cm)
- 車椅子は直進78cm・直角に曲がる85〜90cm・その場で回転150cm
- だから日本の家は「まっすぐは行けるが、曲がれない」——結果、後ろ向きで戻ることになる
- 測るときは幅木・開いたドア・手すり・置いてある物を入れて、一番狭いところを測る
- 手すりを付けると幅は減ります。 手すりと車椅子は同時に考える
- 廊下を広げなくても、介助用車椅子・角の処理・引き戸・寝る場所の変更で解決することが多い
最後にひとつ。
「通れますか?」ではなく「戻ってこられますか?」と聞いてみてください。 行きだけを見て安心してしまうと、あとで困るのは、毎日そこを通るご本人とご家族です。
実家をどうするか全体の進め方は「親の家、どうする?」完全ガイドにまとめています。あわせてどうぞ。
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