「この家、売ろうと思うんだよ」
親から突然そう言われて、どう返せばいいか分からなくなった。そんな相談を、ネットの相談サイトでよく見かけます。
私も訪問先で、利用者さんから「家を売ろうと思っている」と聞いたことがあります。そばで家族が戸惑っている場面も見てきました。
反対したくなる気持ちも、「親が決めたことだから」と黙って見守りたい気持ちも、どちらも自然です。でも、賛成か反対かを決める前に、確かめておくことが5つあります。この記事では、それを順番に書きます。
この記事の結論
- 親が「家を売る」と言い出したら、すぐに賛成も反対もしない。まず理由を聞く
- 確かめること①はなぜ売りたいのか。私が見てきた範囲では、施設への入居がきっかけのことが一番多い
- ②は本人が自分で決められる状態か。家を売る契約は、本人の判断が前提
- ③は売ったあと、どこに住むのか。住む場所が先、売るのは後
- ④は業者に勧められていないか。家を業者に売る契約はクーリング・オフできない
- ⑤はいくらで売れて、税金はどうなるか。住まなくなってから3年後の年末までに売れば、3,000万円の控除が使える場合がある
- 売るかどうかは、親の人生の決断。子の役割は、決めるための材料をそろえること
まず、止めるか・進めるかの前に
親が「売る」と言い出したとき、子の反応は2つに分かれがちです。
| 反応 | よくある一言 | 起きやすいこと |
|---|---|---|
| 止める | 「何言ってるの、この家はどうするの」 | 親が話すのをやめる。1人で業者と話を進めてしまう |
| 任せる | 「お父さんが決めたなら、いいんじゃない」 | 理由や条件を確かめないまま、話が進む |
どちらも、親の本当の困りごとを聞かないまま終わってしまいます。
最初にやることは、「どうしてそう思ったの?」と聞くことです。売る話の裏には、たいてい別の困りごとがあります。そこが分かると、売るのが一番いい答えなのか、ほかの道があるのかが見えてきます。
確かめること①|なぜ売りたいのか
「売りたい」の理由によって、家族がやることは変わります。
| 親の言う理由 | 本当の困りごと | 売る以外の道 |
|---|---|---|
| 施設に入るから | 家が空く。施設の費用 | 貸す、しばらく置いておく |
| 階段や段差がつらい | 家の中の動きにくさ | 手すり・1階で暮らす改修 |
| お金が心配 | 生活費・介護費 | 家計の見直し、制度の利用 |
| 1人で広い家が寂しい | 孤独、管理の負担 | 子の近くへの住み替え、見守り |
| 業者に勧められた | 不安をあおられている | 一度立ち止まる(④で詳しく) |
私が訪問先で見てきた範囲では、きっかけで一番多いのは施設への入居です。本人が「もう家には戻らないだろう」と感じて、「売って施設の費用に」と考える。とても現実的な理由です。
一方で、「階段がつらい」が理由なら、売らなくても解決することがあります。寝室を1階に移す、手すりをつける。家の中で生活を完結できれば、住み続けられる家は多い。その見分け方は「手すりで住み続けるか、住み替えるか」に書きました。
確かめること②|本人が自分で決められる状態か
家を売る契約をするのは、名義を持っている親本人です。子が代わりに手続きを進めることはできますが(親が子に任せる「委任状」を書く方法)、それも親が自分の意思で決めていることが前提です。
物忘れが増えてきた時期には、特に気をつけてください。本人は「売る」と言っていても、売ったあとのことを理解できているか。契約のあとで「そんなつもりじゃなかった」となると、家族の間でも、買主との間でも揉めます。
こんな様子があれば、話を進める前に、かかりつけ医に相談してください。
- 同じ話を何度もする。前に話したことを覚えていない
- お金の計算や、通帳の管理があやしくなってきた
- 「売る」と言ったり「売らない」と言ったり、日によって変わる
認知症が進むと、本人も家族も家を売れなくなります(成年後見という別の手続きが必要になります)。その前に家族で話しておくことは「親が認知症になると実家は売れなくなる」にまとめています。
確かめること③|売ったあと、どこに住むのか
順番は、住む場所が先、売るのは後です。
施設に入るなら、入居先が決まり、そこで落ち着いて暮らせるのを確かめてからでも、売るのは遅くありません。先に家を売ってしまうと、施設が合わなかったときに戻る場所がなくなります。
子の近くのマンションや、平屋に住み替えるなら、次の家が本人の体に合っているかを見てください。理学療法士として気になるのは、ここが見落とされやすいことです。
- 玄関から部屋まで、段差がないか
- 寝室からトイレまでが近いか
- お風呂の出入りに、またぐ高さがないか
- 買い物や病院に、歩いて、またはバスで行けるか
「駅に近い」「新しい」で選んだ家が、実は前の家より段差が多い、ということもあります。
確かめること④|業者に勧められていないか
親が急に「売る」と言い出したときに、一度は確かめてほしいのが、業者から勧誘を受けていないかです。
国民生活センターは、高齢者が自宅を安く売る契約をしてしまうトラブルについて、2021年と2025年に注意を呼びかけています。突然家に来た業者に、「固定資産税や修理の心配がなくなる」「売っても家賃を払えば住み続けられる」と長時間勧められ、相場より安く契約してしまう。そういう相談が寄せられています(国民生活センター「高齢者の自宅の売却トラブルに注意」)。
大事なのは、自宅を不動産業者に売る契約は、クーリング・オフができないということです。一度契約すると、解約するときに違約金を求められることがあります。
ただし、業者が帰らずに契約させられた、うその説明を受けた、といった場合は、消費者契約法で取り消せることがあります。困ったときは、消費生活センター(188番)に相談してください。
親に聞いてみてください。
- 「誰かに売ったらと言われた?」
- 「家に業者さんが来た? 電話があった?」
- 「もう何か書類にサインした?」
もし業者の話が出てきたら、その場で決めない。家族が同席して、ほかの会社にも査定を頼んで、値段を比べる。それだけで、安く買いたたかれるのはかなり防げます。
確かめること⑤|いくらで売れて、税金はどうなるか
最後はお金の話です。
まず、いくらで売れるのか
親も子も、実家がいくらで売れるのかを知らないことがほとんどです。「売るかどうか」を決めるには、まず相場を知るところから。売ると決めていなくても、査定は無料で頼めます。複数の会社に頼むと、1社の言い値で決めずにすみます。
税金——期限のある控除がある
親が住んでいた家を売ると、利益が出た分に税金がかかります。ただし、自分が住んでいた家を売るときは、利益から最大3,000万円を差し引ける特例があります。
施設に入って家が空いた場合も使えますが、期限がある点に注意が必要です。国税庁によると、住まなくなってから3年を経過する日が属する年の12月31日までに売る必要があります(国税庁「マイホームを売ったときの特例」)。たとえば2026年に施設へ入ったなら、2029年の年末までです。
もう1つ、親子の間での売り買いには、この特例は使えません。「子が親から買い取る」形にすると、税金が大きく変わることがあります。
売ったお金は親のものなので、確定申告も親の名前で行います。住み替えで家を買い直す場合に使える別の特例との比べ方は「実家を売って住み替えるなら知っておきたい「買換え特例」」に書きました。税金は条件で大きく変わるので、売る前に一度、税理士か税務署に確認してください。
最後に、いちばん大事なこと——売るのは、親の人生の決断
家を売るかどうかは、親の人生の決断です。
子にとっては、育った家です。思い出もあります。「売ってほしくない」と感じるのは自然なことです。でも、その家に住み、固定資産税を払い、階段を上り下りしてきたのは親です。
子の役割は、賛成することでも反対することでもなく、親が納得して決められるように、材料をそろえることだと私は思います。
- なぜ売りたいのかを聞く
- 本人が決められる状態かを見る
- 次に住む場所を一緒に確かめる
- 業者に急かされていないかを確かめる
- 相場と税金を調べる
この5つがそろったうえで親が「売る」と決めたなら、それはもう、子が止める話ではありません。
よくある質問
親の物忘れが増えてきたときは、どうすればいいですか?
同じ話を何度もする、お金の管理があやしい、言うことが日によって変わる、といった様子があれば、話を進める前にかかりつけ医に相談してください。認知症が進むと、本人も家族も家を売れなくなります。
業者と契約したあとで、やめることはできますか?
自宅を不動産業者に売る契約は、クーリング・オフができません。ただし、業者が帰らずに契約させられた、うその説明を受けた、といった場合は、消費者契約法で取り消せることがあります。困ったときは、消費生活センター(188番)に相談してください。
親が施設に入って家が空いても、3,000万円の控除は使えますか?
使える場合があります。ただし、住まなくなってから3年を経過する日が属する年の12月31日までに売る必要があります。たとえば2026年に施設へ入ったなら、2029年の年末までです。
子が親から家を買い取るのはどうですか?
親子の間での売り買いには、3,000万円の特例は使えません。「子が親から買い取る」形にすると、税金が大きく変わることがあります。
売ったお金の確定申告は、誰の名前でしますか?
売ったお金は親のものなので、確定申告も親の名前で行います。税金は条件で大きく変わるので、国税庁のホームページ、税理士、または税務署で確認してください。
この記事のまとめ
- 「家を売る」と言われたら、すぐに賛成も反対もせず、理由を聞く
- ①理由:施設への入居が多い。「階段がつらい」なら売らずに解決することも
- ②本人が決められる状態か:物忘れが増えてきたら、先にかかりつけ医へ
- ③住む場所が先、売るのは後。次の家が体に合っているかを見る
- ④業者の勧誘:自宅を業者に売る契約はクーリング・オフできない。その場で決めない
- ⑤相場と税金:まず相場を知る。3,000万円控除は住まなくなってから3年後の年末まで。親子間の売買は対象外
- 売るのは親の決断。子は材料をそろえる役
査定を頼む前に確かめておきたいこと(名義は誰か・相続が絡むなら話し合いが先・営業電話の減らし方)は、次の記事にまとめています。
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