「遺言書を書いたほうがいい」——それは、もう分かっている。
でも、どうやって書けばいいのか。
調べ始めると、いきなり壁にぶつかります。遺言書には、種類があるのです。
自筆証書遺言。公正証書遺言。秘密証書遺言。
名前だけ見ても違いが分かりません。しかも、選び方を間違えると「せっかく書いたのに無効」ということが起こります。
今日は、この3つを費用・手間・確実さの3点で比べます。
この記事の結論
- 遺言書は3種類あります(民法967条)。ただし実質は2択です
- 迷ったら公正証書遺言。全国で年12万件以上作られている、いちばん確実な形です
- 費用を抑えたいなら自筆証書遺言+法務局保管(3,900円)。ただし書き方を1つ間違えると無効になります
- 秘密証書遺言は、選ぶ理由がほぼありません。 費用がかかるのに確実さは手に入りません
- ⚠️ 2026年6月に法律が変わりました。 4つ目の方式(デジタル遺言)ができます。ただし、まだ使えません
1. まず、早見表で全体像を
細かい話の前に、3つの違いをまとめます。
| 自筆証書遺言 | 公正証書遺言 | 秘密証書遺言 | |
|---|---|---|---|
| 誰が書く | 自分(全文手書き) | 公証人 | 自分(パソコン可) |
| 費用 | ほぼ0円 法務局に預けると3,900円 | 数万円〜 財産額で変わる | 13,000円(定額) |
| 証人 | 不要 | 2人必要 | 2人必要 |
| 中身のチェック | なし | 公証人がする | なし |
| 保管場所 | 自宅 or 法務局 | 公証役場(原本) | 自宅 |
| 検認(※) | 自宅保管→必要 法務局→不要 | 不要 | 必要 |
| 無効になるリスク | 高い | ほぼない | 高い |
※検認=家庭裁判所で遺言書を開けてもらう手続き。詳しくは「遺言書を見つけたら開けてはいけない——家庭裁判所の「検認」とは?」に書きました。
この表の一番右の列を見てください。 秘密証書遺言は、費用も証人も必要なのに、無効になるリスクは自筆証書と同じです。
つまり——実質的な選択肢は、自筆証書と公正証書の2つです。
2. ① 自筆証書遺言——安いが、落とし穴が多い
自分で全文を手書きして、日付と名前を書き、ハンコを押す。 それだけで成立します。
費用はかかりません。今日、思い立った日に書けます。
⚠️ ただし、無効になりやすいです
1つでもルールを外すと、全部が無効になります。
よくある失敗を挙げます。
- パソコンで書いた(財産の一覧表だけはパソコンOK。本文は手書きが必須)
- 日付を「令和8年8月吉日」と書いた(日付が特定できないので無効)
- 押印を忘れた
- 書き間違いを二重線で消しただけ(訂正には決まった方法があります)
- 夫婦2人の連名で1通に書いた(1通に1人までです)
無効だと分かるのは、ご本人が亡くなったあとです。もう直せません。
法務局に預ける制度があります(3,900円)
2020年から、書いた遺言書を法務局に預けられる制度が始まっています。手数料は3,900円(収入印紙)です。
預けると、こうなります。
- 紛失・改ざん・誰かに捨てられる心配がなくなる
- 家庭裁判所の検認が不要になる(残された家族の手間が1〜2か月分減ります)
- 形式のチェックを受けられる(日付や押印の有無など)
⚠️ ただし、チェックしてもらえるのは「形式」だけです。中身が有効かどうかは見てもらえません。 「長男に土地を」と書いてあっても、どの土地か特定できなければ、結局使えません。
3,900円は、払う価値があります。 自筆で書くなら、預けてください。
3. ② 公正証書遺言——確実。費用は思ったより安い
公証役場(契約書などを公的に作ってくれる役所のようなところ)で、公証人という法律の専門家に作ってもらう遺言書です。
いちばん確実な方法で、実際にいちばん使われています。
| 年 | 作成件数 |
|---|---|
| 2022年 | 111,977件 |
| 2023年 | 118,981件 |
| 2024年 | 128,378件 |
毎年増えています。
何が確実なのか
- 公証人が中身を確認するので、形式ミスで無効になることがほぼない
- 原本が公証役場に保管されるので、紛失も改ざんもない
- 検認が不要なので、残された家族がすぐ動ける
- 手が震えて字が書けなくても作れる(口頭で伝えれば公証人が書きます)
最後の1つは、意外と大きいです。自筆証書遺言は「全文手書き」が条件なので、手が動かなくなったら書けません。
費用の実額
「数十万円かかる」と思われがちですが、実際はもっと安いことが多いです。
公証人の手数料は、財産の額で決まります。
| 財産の額 | 手数料 |
|---|---|
| 500万円超〜1,000万円 | 20,000円 |
| 1,000万円超〜3,000万円 | 26,000円 |
| 3,000万円超〜5,000万円 | 33,000円 |
| 5,000万円超〜1億円 | 49,000円 |
これに「遺言加算」13,000円が足されます(財産の合計が1億円までの場合)。
⚠️ ここが分かりにくいところです。 この手数料は、「財産をもらう人ごと」に計算して合計します。
例で見てみます。財産3,000万円の場合。
パターンA:全部を妻に
3,000万円 → 26,000円
遺言加算 → 13,000円
合計 39,000円
パターンB:子2人に1,500万円ずつ
1,500万円 → 26,000円
1,500万円 → 26,000円
遺言加算 → 13,000円
合計 65,000円
同じ3,000万円でも、分ける人数が増えると高くなります。
とはいえ、多くの家庭で3万〜7万円程度です。もめて弁護士に頼むことになれば、桁が2つ変わります。この金額なら、私は払う価値があると思います。
手間は「証人2人」
公正証書遺言には、証人が2人必要です。
ただし、相続に関係する人(配偶者・子など)は証人になれません。 友人に頼むか、公証役場や専門家に手配してもらいます(1人あたり1万円前後が目安)。
「誰に遺すか」を他人に知られることになるので、ここを気にする方はいます。
4. ③ 秘密証書遺言——選ぶ理由が見つからない
3つ目です。民法970条にきちんと定められた方式ですが、結論から言うと、選ぶ理由がほとんどありません。
仕組みはこうです。自分で書いて、封をして、公証役場に持っていく。 公証人は「この人が持ってきた」ことだけを証明し、中身は見ません。
手数料は定額13,000円です。
良いところ
- 中身を誰にも見られない(公証人にも証人にも)
- パソコンで書ける(自筆証書と違って手書きでなくてOK)
⚠️ 決定的に悪いところ
- 中身のチェックがない → 無効になるリスクは自筆証書と同じ
- 自分で保管する → 紛失・発見されないリスクがある
- 検認が必要 → 家族の手間は減らない
- お金はかかる → 13,000円+証人2人
「お金を払うのに、確実さは手に入らない」——これが、この方式が選ばれにくい理由です。
内容を絶対に秘密にしたい、という特別な事情がある方以外は、選ばなくていいと思います。
5. で、どれを選べばいいのか
タイプ別に整理します。
🟢 公正証書遺言を選ぶべき人
- 不動産がある(書き方を間違えると登記できません)
- 相続人が3人以上、または関係が複雑
- もめる可能性を少しでも感じている
- 高齢で、字を書くのがつらくなってきた
- 確実さにお金を払う価値があると思える
迷ったらこちらです。
🟡 自筆証書遺言+法務局保管でもいい人
- 財産がシンプル(預貯金が中心で、不動産がない、または1つだけ)
- 相続人が1〜2人で、関係が良好
- とにかく今すぐ、何か残しておきたい
- 費用を抑えたい
⚠️ この場合も、法務局への保管(3,900円)はしてください。 自宅の引き出しに入れておくのは、書かなかったのとあまり変わりません。
現実的な進め方
まず自筆で書いて法務局に預け、落ち着いたら公正証書に作り直す。
これができます。遺言書は何度でも書き直せて、いちばん新しいものが有効だからです。
「完璧な1通を作らなきゃ」と考えて、何年も書かないまま——これが最悪です。
なぜ、先延ばしになるのか
正直なところ、この話はとても切り出しにくいです。
財産の棚卸しが面倒、というのもあります。でも本当の理由は、もっと単純だと思っています。
遺言書の話は、「その人が亡くなったときの話」だからです。
元気にしている親に向かって「遺言書、書いといてよ」とは、なかなか言えません。自分のことであっても同じで、わざわざ自分が死ぬ前提の話を持ち出すのは、気が重いものです。
だから、後回しになります。
先延ばしの正体は、手続きの面倒さではなく、話題そのものの重さです。
裏を返せば——「面倒だから」ではないので、手続きを簡単にしても解決しません。 切り出すきっかけを作るしかない、ということになります。
お盆やお正月に家族が集まったとき、リフォームや施設の話が出たついでに、「そういえば、うちはどうなってるんだろうね」くらいの温度で触れておく。それが現実的なところだと思います。
6. ⚠️ 2026年6月、法律が変わりました
最後に、新しい話をします。
2026年6月17日、改正民法が成立しました。 遺言の作り方が、大きく変わります。
① 4つ目の方式「保管証書遺言」(デジタル遺言)ができます
パソコンやスマートフォンで遺言書を作れるようになります。
- 全文を手書きする必要がなくなります
- ただし法務局に預けることが必須です
- 一定の場合、ウェブ会議で自宅から手続きできるとされています
手が動かない方でも、費用をかけずに遺言を残せる——これは大きな前進です。
② ハンコが要らなくなります
自筆証書遺言・秘密証書遺言の押印が廃止されます。「押し忘れて無効」がなくなります。
⚠️ ただし、まだ使えません
大事なところです。
成立した=法律が決まった、というだけです。 実際に使えるようになる(施行)のは、公布から3年以内とされています。早くても数年先です。
つまり、今日この記事を読んで遺言書を書くなら、これまでどおりの3種類から選ぶことになります。
「新しい制度を待とう」——それは、おすすめしません。 3年待つ間に何が起きるかは、誰にも分かりません。
まとめ
- 遺言書は3種類(民法967条)。ただし秘密証書は選ぶ理由が乏しく、実質2択
- 迷ったら公正証書遺言。 中身をチェックしてもらえて、保管も安全で、検認も不要
- 費用は多くの家庭で3万〜7万円。手数料はもらう人ごとに計算して合計する
- 自筆証書を選ぶなら、法務局保管(3,900円)は必須
- 遺言書は何度でも書き直せる。 まず1通書いて、あとで作り直せばいい
- 2026年6月に法改正が成立。 デジタル遺言ができるが、使えるのは数年先
「いつか、ちゃんとしたものを」と思っているうちに、書けなくなります。手が動くうちにしか書けない——これが、遺言書のいちばん厳しいところです。
遺言書がなぜ必要なのか、どう書くのかは「遺言書の書き方と必要性——もめない相続のために親が元気なうちにやること」に詳しく書きました。
⚠️ 個別の書き方や、どの方式が最適かは、財産の中身とご家族の状況によって変わります。不安があれば、公証役場(相談は無料です)や、相続を専門とする司法書士・弁護士にご相談ください。
親の家をどうするか全体の流れは「「親の家、どうする?」完全ガイド」にまとめています。
相続