「まだ話がまとまらなくて、そのままにしてあるんです」
実家の相続について、こう言われることがあります。
気持ちはよく分かります。兄弟で意見が違う。誰かが遠方にいる。そもそも切り出しにくい。——そうやって時間が過ぎていきます。
ただ、「決めない」という状態には、はっきりした代償があります。
しかも、その代償のほとんどがお金です。今日はそこを整理します。
この記事の結論
- 遺産分割そのものに期限はありません。でも相続税の申告期限(10か月)を過ぎると、使えなくなる制度があります
- 特に大きいのが配偶者の税額軽減と小規模宅地等の特例。この2つが消えると、税額が跳ね上がります
- しかも税金の支払いは待ってくれません。 分割が決まっていなくても、いったん納めます
- 救済策はあります。「申告期限後3年以内の分割見込書」を期限内に出しておくこと
- 相続登記は3年以内が義務。 放置すると10万円以下の過料があります
1. 「未分割」は、財産を凍結している状態です
遺産分割が終わっていない状態を、未分割といいます。
未分割の間、実家は「相続人全員のもの」です。誰か1人の判断では、売ることも、貸すことも、建て替えることもできません。
問題を先送りしているのではなく、財産を凍結している——そう考えたほうが実態に近いです。
そして凍結している間に、期限だけが進みます。
2. 期限は「相続を知った日の翌日から10か月」
まず、期限の数え方を正確に押さえてください。
相続税の申告期限は、相続の開始を知った日の翌日から10か月です。「亡くなった日から」ではありません。
10か月は、思っているより短いです。四十九日、遺品の整理、口座の手続き。そうしているうちに半年が過ぎます。
⚠️ ここが大事なのですが——遺産分割が終わっていなくても、相続税の申告と納税はやってきます。
分割が決まっていない場合は、法定相続分で分けたものとみなして計算し、いったん納税します。 期限を過ぎれば延滞税もかかります。
3. 未分割で使えなくなる5つの制度
ここからが本題です。分割が決まっていないと、次の制度が使えません。
① 配偶者の税額軽減
配偶者が相続する場合、1億6,000万円まで(または法定相続分まで)は相続税がかからないという大きな制度です。
これが、未分割だと使えません。
「母が全部相続すれば税金はかからないはずだった」——それが、分割が決まっていないというだけで適用されなくなります。
② 小規模宅地等の評価減の特例
実家の土地の評価額を、最大80%減らせる制度です。「第二の基礎控除」と呼ばれるほど影響が大きい制度で、これが使えるかどうかで税額が何百万円と変わります。
詳しくは「小規模宅地等の特例とは?」に書きました。
この特例も、未分割では適用されません。
実家の相続で「税金がかからないと思っていたのに、請求が来た」というケースは、この2つが外れたことが原因であることが多いです。
③ 農地等の納税猶予の特例
農地を相続して農業を続ける場合、相続税の納税を猶予してもらえる制度です。
申告期限までに農業委員会の証明書を添えて申告する必要があるため、分割が決まらなければ対象外になります。
④ 物納ができない
相続税は現金で払うのが原則ですが、どうしても払えない場合に土地などで納める「物納」という方法があります。
ただし未分割ということは、その財産の持ち主が確定していないということです。共有状態の財産は物納に適さないとされ、使えません。
相続税を現金で払えない話は「相続税をお金で払えないとき」にも書いています。
⑤ 非上場株式等の納税猶予
家族経営の会社の株を相続する場合に、納税を猶予してもらえる制度です。これも申告期限までに分割が完了していないと使えません。
会社を持っている家庭では、事業承継そのものが止まります。
4. 救済策はあります(ただし手続きが要ります)
ここまで読んで不安になった方へ。①と②には救済があります。
「申告期限後3年以内の分割見込書」という書類を、相続税の申告期限内に提出しておくのです。
これを出しておけば、
- 申告期限から3年以内に分割が確定した場合
- 分割した日の翌日から4か月以内に「更正の請求」をする
——この手順で、さかのぼって特例を受けられます。 払いすぎた税金は戻ってきます。
(やむを得ない事情がある場合は、さらに延長できる仕組みもあります)
⚠️ ただし注意してください。この書類は、申告期限内に出さなければ意味がありません。 あとから「出し忘れました」は通りません。
そしていったんは高い税額を現金で納める必要があります。戻ってくるのは、分割が終わってからです。手元の現金が要るという点は変わりません。
⚠️ ただし、この判断は自分ではできません
分割見込書を出すべきか。どの特例が使えるか。いったんいくら納めることになるのか。
これは、財産の中身を1つずつ見ないと決められません。 ネットで調べて自己判断できる範囲を超えています。
しかも期限は10か月です。「もう少し調べてから」と思っているうちに過ぎます。
そして——不動産が含まれる相続は、頼む税理士によって結果が変わります。 土地の評価は、経験のある先生とそうでない先生で、数百万円の差が出ることがあります。相続税を扱う税理士は多くても、不動産の評価まで強い先生は限られるからです。
税理士の探し方と、面談で何を聞けばいいかは「不動産が絡む相続は税理士選びを間違えると損をする」にまとめました。申告実績の確認の仕方など、チェックリストにしています。
5. もうひとつの期限:相続登記は3年以内
税金とは別に、こちらも忘れないでください。
不動産を相続したら、取得を知った日から3年以内に相続登記をする義務があります。 2024年から義務化されました。
遺産分割で取得した場合も、分割した日から3年以内に登記が必要です。
正当な理由なく放置すると、10万円以下の過料が科される可能性があります。
詳しくは「相続登記の義務化」にまとめています。
6. 宅建士として見ていて思うこと
不動産の仕事をしていると、共有名義のまま何十年も動かせなくなった土地を見かけます。
最初は「とりあえず兄弟で半分ずつ」だったはずです。それが次の相続で子どもに分かれ、また次で孫に分かれる。気づけば、会ったこともない親戚10人の同意がないと売れない土地になっています。
未分割や安易な共有の怖さは、税金だけではありません。時間が経つほど、解けなくなることです。
このあたりは「実家を兄弟の共有名義にする前に」にも書きました。
7. いちばんの対策は、生きているうちの遺言書
身も蓋もない結論ですが、遺言書があれば、この問題のほとんどは起きません。
分割の話し合いそのものが不要になるからです。10か月の期限に追われることも、特例を落とすこともありません。
「うちは仲がいいから大丈夫」——そう言っていた家庭で、実際にもめる場面を見てきました。仲が悪いからもめるのではなく、判断の基準がないからもめるのです。
遺言書の書き方は「遺言書と相続の準備」に整理しています。
まとめ
- 遺産分割に期限はないが、相続税の申告期限(相続を知った日の翌日から10か月)を過ぎると制度が使えなくなる
- 特に大きいのは配偶者の税額軽減と小規模宅地等の特例
- 分割が決まっていなくても、納税は待ってくれない(法定相続分で計算していったん納める)
- 救済策は「申告期限後3年以内の分割見込書」。ただし申告期限内の提出が必須
- 相続登記は3年以内が義務(10万円以下の過料)
- 根本的な対策は遺言書
「まだ話がまとまらない」という状態は、放っておくとお金で精算させられます。 決めるのが難しいなら、せめて分割見込書だけは出しておく——それだけでも、失うものがだいぶ減ります。
⚠️ 個別の税額や適用の可否は、財産の中身によって変わります。必ず相続を専門とする税理士に確認してください。
親の家をどうするか全体の流れは「「親の家、どうする?」完全ガイド」からどうぞ。
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