「玄関の段差が危ないので、スロープをつけようと思うんです」
訪問リハビリの現場で、ご家族からよく聞く言葉です。段差=危ない、だから平らにする。とても自然な発想だと思います。
でも、私は「ちょっと待ってください」とお伝えすることがあります。
理由はひとつ。自分の足で歩いている人にとって、スロープはかえって危ないことがあるからです。
今日は、スロープと踏み台のどちらを選ぶのか、私たちが何を見て判断しているのかをお話しします。
この記事の結論
- 車いすを使うならスロープ、自分の足で歩くなら踏み台(式台)が基本
- 歩ける人にスロープを付けると、傾いた面でバランスを崩しやすい
- 判断の分かれ目は「片足立ちが何秒もつか」「手すりを握れるか」
- 踏み台は1段15cm以下が目安。20cmの段差なら10cm前後の台を1段挟んで二等分する
- スロープの勾配は1/12(12cm上がるのに約1.4m)が目安。玄関先で確保するのは意外と難しい
- どちらを選んでも、手すりとセットで考えるのが現場の基本
1. 日本の玄関は、そもそも段差が大きい
日本の住宅の玄関には「上がりかまち」という段差があります。靴を脱いで家に上がるところの段差です。
この高さ、実は20cmを超えていることが珍しくありません。古い家だと30cm近くあることもあります。
階段の1段が18cm前後であることを考えると、玄関の一歩は階段より大きいわけです。しかもそこで、片足立ちになって靴を脱ぎ履きします。
足腰が弱ってきた方にとって、家の中でいちばん危ない場所のひとつが玄関なのは、このためです。
(家の中の危険な場所は転倒しやすい家の特徴5つにもまとめています)
2. スロープが向いている人・向かない人
向いているのは「車いすの人」
スロープが本領を発揮するのは、車いすで出入りする場合です。段差があると車いすは通れないので、傾斜で解決するしかありません。
このとき大事なのが勾配(傾きのきつさ)です。
「1/12」というのは、1cm上がるのに12cm進むという意味です。下の数字(12や8や6)が小さくなるほど、傾きは急になります。
| 勾配 | 意味 | 使える人 |
|---|---|---|
| 1/12 | 12cm上がるのに約1.4mの長さ | 車いすを自分でこいでも比較的のぼれる目安 |
| 1/8 | 12cm上がるのに約1m | 介助者が押す前提。自分でこぐのはかなりきつい |
| 1/6 | 12cm上がるのに約72cm | 介助者が押しても急すぎる。避けたい |
ここで問題になるのが場所です。
上がりかまちが20cmあるとして、1/12の勾配を確保しようとすると、約2.4mの長さが必要になります。玄関の土間にそれだけの直線が取れる家は、そう多くありません。
「スロープにしたいが、勾配が確保できない」——これは現場で本当によく起きます。無理に短いスロープを付けると、急すぎて逆に危険です。
向かないのは「自分の足で歩く人」
ここが今日いちばんお伝えしたいところです。
歩ける方にとって、傾いた面は平らな面より難しいです。理由は3つあります。
① 足首の角度が変わる
坂を上るとき、足首は普段より深く曲がります。年齢とともに足首の柔らかさは落ちるので、つま先が引っかかりやすくなるのです。
② 常に前後にバランスを取り続ける必要がある
平らな床は「立っているだけ」で安定します。傾いた面では、立っている間ずっと、体を起こし続ける力が要ります。これが地味に負担です。
③ 下るときが特に怖い
上るより下るほうが難しい、というのは階段と同じです。ブレーキをかけながら降りる動作は、筋力とバランスの両方を使います。
そのため、歩ける方には「段差をなくす」より「段差を小さく分ける」ほうが安全なことが多いのです。
3. 踏み台(式台)という選択肢
そこで出てくるのが踏み台(式台・しきだい)です。上がりかまちの前に置く、一段の台のことです。
考え方はシンプルで、大きな一歩を、小さな二歩に分けるということです。
20cmを一気に上がる → 10cmを2回に分ける
たったこれだけで、動作の負担は大きく変わります。
高さの目安は15cm以下
一段の高さは、15cm以下を目安にすることが多いです。20cmの上がりかまちなら、10cm前後の台を一段挟んで、ちょうど二等分するイメージです。
参考までに、建築の世界では、高齢者に配慮した階段は蹴上げ(一段の高さ)16cm以下、踏面(足を乗せる奥行き)30cm以上が望ましいとされています。踏み台もこれに近い考え方です。
奥行きも大事です。足がしっかり乗る奥行きがないと、かえって危険になります。つま先だけ乗せる状態では意味がありません。
「置くだけ」には注意
ホームセンターで買える置き型の踏み台もありますが、動くものは危険です。体重をかけたときにずれると、そのまま転倒につながります。
滑り止め、または固定は必ずセットで考えてください。
4. 私たちが実際に見ているポイント
現場で、どちらを選ぶか判断するときに見ているのは、だいたい次の4つです。
① 片足立ちが何秒もつか
段差を上がる動作は、必ず片足立ちを経由します。ここが数秒ももたないなら、段差を小さくするだけでは足りません。手すりが必須になります。
② 手すりを握れるか
握力が落ちていたり、手や肩に痛みがあると、手すりを頼れません。その場合は「つかむ手すり」ではなく「体を預けられる幅の広い手すり」を選ぶこともあります。
(手すりの選び方は手すり設置の基礎知識にまとめています)
③ 屋外か、屋内か
玄関の外側は雨に濡れます。濡れたスロープは想像以上に滑ります。屋外にスロープを付けるなら、滑りにくい表面のものを選ぶ必要があります。
④ これから良くなるのか、変わらないのか
これは意外と大事な視点です。
骨折後のリハビリ中など、これから回復が見込める方なら、いまの状態に合わせて大きな工事をしてしまうと、あとで合わなくなります。まずレンタルの福祉用具で様子を見るという判断もあります。
逆に、進行していく病気の場合は、先を見越した設計が必要になります。
5. 費用と制度の話
段差の解消は、介護保険の住宅改修(上限20万円)の対象です。ただし、扱いが分かれます。
| 方法 | 扱い |
|---|---|
| 工事を伴う段差解消・固定式のスロープ | 住宅改修(20万円枠) |
| 置くだけの可搬型スロープ(持ち運びできるタイプ) | 福祉用具貸与(レンタル) |
| 踏み台(式台) | 固定するかどうかで変わる |
⚠️ 特に踏み台の扱いは、自治体によって判断が分かれます。「置くだけなら対象外、固定すれば対象」とする自治体が多いのですが、必ずお住まいの市区町村の介護保険窓口か、ケアマネジャーに確認してください。
制度全体の使い方は介護保険の住宅改修費20万円の記事に、申請にかかる日数は退院までに間に合わない話にまとめています。
まとめ
- 車いすならスロープ、歩けるなら踏み台が基本の考え方
- 歩ける人にとって傾いた面はかえって難しい(足首・バランス・下りの怖さ)
- スロープの勾配は1/12が目安。20cmの段差なら約2.4mの長さが必要で、玄関先では確保が難しいことが多い
- 踏み台は1段15cm前後・足がしっかり乗る奥行き。必ず固定か滑り止めを
- 判断材料は「片足立ちが何秒もつか」「手すりを握れるか」「屋外か」「これから良くなるか」
- どちらを選んでも、手すりとセットで考える
段差の解消は、「平らにすればいい」という単純な話ではありません。その人がどう動いているかを見て決めるものです。
もし迷ったら、工事を決める前に、担当のケアマネジャーやリハビリの担当者に「実際に上り下りするところを見てもらえませんか」と頼んでみてください。
動作を見れば、答えはだいたい決まります。 カタログを見比べるより、そのほうがずっと早いです。
介護リフォーム